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浦和地方裁判所 昭和33年(ワ)312号 判決

被告 埼玉銀行

理由

補助参加人株式会社小沢商店が足袋及び被服の製造販売を目的とする資本金一〇〇万円の会社であること、右小沢商店が昭和三三年一月一六日支払を停止したこと、被告銀行羽生支店が古くから小沢商店と預金、貸付等の契約などを結び、密接な取引関係にあつたこと、被告銀行羽生支店が昭和三三年一月九日小沢商店に対する債権を担保するため同商店所有の原告ら主張の動産(価格合計三、二六七、六四〇円相当)について質権を設定し、同商店よりその引渡を受けたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

しかして《証拠》によれば、原告らは小沢商店に対し昭和三三年一月九日現在において請求原因第二項前段記載の各債権を有していたことが認められ、これを左右するに足る証拠はない。

原告らは被告銀行羽生支店の前記質権設定は他の一般債権者を害するもので、あると主張するのでこの点について検討するに、《証拠》によれば、小沢商店は昭和三二年一二月頃から金融逼迫状態を呈していたこと、被告銀行羽生支店がその約一ヵ月後である昭和三三年一月九日質受けした金三、二六七、六四〇円相当の商品は当時の小沢商店の在庫品の殆んど全部であつたこと小沢商店の店舗、工場、土地、建物には既に被告銀行のために抵当権が設定され、一般債権者のためには右の在庫品を除いては殆んど見るべき資産はなかつたこと、当時の小沢商店の銀行、問屋等に対する債務は総額一五〇〇万円位で建物、機械、売掛金債権、商品等を差引いても二〇〇万円ないし三〇〇万円の赤字があつたこと、右質権設定のわずか数日後被告銀行羽生支店は貸金回収の不安濃厚として小沢商店に対する金融を拒否したため、小沢商店は同月一六日支払停止におちいつたこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

右事実関係に照せば、かかる時期に被告銀行羽生支店が一般債権者の共同担保としては殆ど唯一の資産というべき在庫品の大部分に質権を設定することは被告銀行のみが優先して弁済を受け、他の債権者は殆んど弁済を受けられない結果となることは明らかで、この事情は小沢商店においてはもちろん被告銀行羽生支店においても知悉していたものと認めるのが相当である。

被告は右質権設定契約は昭和三二年一二月三一日被告銀行が小沢商店に対し越年資金二、二六七、九六七円を融資する際とりきめておいた約定の履行を受けたものであると主張し、前掲証人菅野貞、梅沢進二の各証言中にはこれに副う部分もあり、また右証言中には、被告銀行羽生支店の右質権設定は小沢商店に右質物を利用させて同商店の営業を継続させ、これによつてその再建をはかることを目的としたものである旨の供述もあるが、いずれも前記事実関係に照らし到底採用することができず、ほかに前記認定を覆すに足りる証拠はない。

そこで被告主張の質権の合意解除ないし消滅等の抗弁について判断するに、《証拠》によれば、前記質権設定契約により被告銀行羽生支店に引渡された商品の相当部分は昭和三三年一月二二日原告有光商事の社員赤江次郎らにより実力で奪取されたこと、右は警察及び検察当局の捜査するところとなり、奪取された商品のうち金六七四、〇〇〇円相当の商品(主として本件質物)は浦和地方検察庁熊谷支部に押収されたこと、その後右六七四、〇〇〇円相当の商品は小沢商店代表者小沢隆一の手を経て結局昭和三三年四月頃被告銀行羽生支店に返還されたこと、しかし奪取された商品のうち金九四三、七四八円相当の商品は戻らなかつたこと(この部分は当事者間に争いがない)、同年四月頃小沢商店はいわゆる第二会社として十八番衣料株式会社を設立したこと、その頃被告銀行羽生支店は返還を受けた右六七四、〇〇〇円相当の質物と赤江次郎らによる奪取を免れた商品を十八番衣料に売却させて小沢商店に対する債権の回収をはかるため、すなわち質権の実現の方法として同商店及び十八番衣料と三者合意の上これら商品を小沢商店に交付したこと、これは被告銀行が質物を直接処分したのでは充分な対価を得られないので、衣料品の販売を業としてきた小沢隆一を利用して質物をできるだけ高価に処分するという配慮に基いたものであること、小沢商店は前記趣旨に基づきこれら商品を十八番衣料に交付し、十八番衣料は小沢商店に宛て総計一八〇万円余の約束手形を振出し、小沢商店は右約束手形を裏書のうえ被告銀行羽生支店に持参したこと、右約束手形はすべて支払済となつたこと、すなわち売買が為されたこと、以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実関係に照らせば、被告銀行が小沢商店に質物を交付した行為は、質物の効果的な処分の一環と見るべきものであり、これにより質権が消滅したというべきではない。もつとも民法第三四五条の規定によれば、質権者が質権設定者を代理人として質物を占有することは許されないところであるから、この場合に質権者は代理占有を有するということはできないが、質物の占有は第三者に対する対抗要件にすぎないので、このために質権が消滅するいわれはない。

被告は質権設定契約は昭和三三年四月頃小沢商店との間で合意解除されたと主張し、前掲証人菅野貞、梅沢進二の各証言中にはこれに副う部分もあるが、前記認定事実に照らし採用できない。

さらに被告は、当時質権設定契約は消滅した、質権は対抗力を失つた、被告銀行は任意に弁済を受けたものであつて質権によつて弁済を受けたものではない、と主張するが、前記認定のとおり被告銀行が質物を効果的に処分するために前記のような措置をとつたものである以上、右主張はいずれも採用できない。

被告は、昭和三三年二月九日の債権者会議において原告らは金六七四、〇〇〇円相当の商品を被告銀行羽生支店に提供することを承認した(原告大五綿業は後に追認した)ので、原告らは債権者取消権を放棄したものというべきであると主張するので、この点について判断する。《証拠》によれば、昭和三三年二月九日の債権者会議において、小沢商店と被告銀行を除く債権者との間に、浦和地方検察庁熊谷支部に領置中の金六七四、〇〇〇円相当の商品を被告銀行羽生支店に提供する、但しその際小沢商店、債権者、被告銀行の三者会談において被告銀行が右商品を小沢商店に原材料及び商品として提供することを確認する旨の条項を含む一応の計画案が承認されたこと、しかし右は小沢商店を再建させ、債権者に対する債務を弁済させるためには、右商品に対する被告銀行の質権を解除してこれを小沢商店に利用させることが不可欠であるという考慮が前提となつていること、浦和地方検察庁熊谷支部に領置されていた右商品は赤江次郎らによつて奪取される前の状態に戻すという趣旨で結局被告銀行羽生支店に返還されたもので、たんに被告銀行羽生支店に提供することを承認したことによるものではなかつたこと、以上の事実が認められ、これを左右するに足る証拠はない。右事実によれば、右債権者会議において債権者である原告らが被告銀行に対する債権者取消権を放棄したと見るのは無理であり、その後原告らが被告銀行に対し債権者取消権の行使に及んだからといつて何ら信義則に違反するものでもない。

しかし、前記のとおり質物として被告銀行羽生支店に引渡された商品の相当部分は原告有光商事の社員赤江次郎らにより実力で奪取され、奪取された商品のうち金九四三、七四八円相当の商品が戻つていない。右事実と弁論の全趣旨を綜合すれば、原告有光商事は右九四三、七四八円相当の商品もしくはその処分代金を自己の支配下に置いているものと認めるのが相当である。そしてかかる事情のもとにおいては、原告有光商事は信義則上自己の債権に基いて詐害行為取消権を行使することは許されないものというべきである。従つて原告有光商事の請求は失当である。

補助参加人は原告らの債権について消滅時効を援用するが、《証拠》によれば、原告らが昭和三四年一月初旬浦和地方裁判所熊谷支部に対し小沢商店に対する破産宣告の申立をなしたことが認められる。しかして債権者のなす破産宣告の申立は、債権の消滅時効の中断事由たる裁判上の請求にあたると解すべきであるから、時効は中断しているというべきである。

しかして原告有光商事を除く原告らの債権額がその後一部内入弁済により請求原因第二項後段記載の額になつたことは原告らの認めるところである。従つて原告有光商事を除く原告らは右債権額の限度において(合計金一、一五九、九五五円)被告に対し質権設定契約を詐害行為として取消し得るものというべきである。

しかして前記認定のとおり質物たる商品は既に処分されているので(滅失した金八四三、七四八円相当の商品を除く)、原告有光商事を除く原告らは被告に対し各自の債権額の限度において価格の賠償を請求し得るものといわなければならない。

よつて原告有光商事の請求を棄却し、原告有光商事以外の原告らの請求を認容

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